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【小説】塩野七生「ローマ人の物語」キリストの勝利,ローマ世界の終焉:古代

ローマ人の物語 (14) キリストの勝利

紹介

 大帝が死に、時代はコンスタンティヌスとコンスタンティウスとコンスタンスのややこし三兄弟の時代に。
 宦官が現れ、身内で足を引っ張り合うよく見る駄帝国に転落するローマだが、なかなかどうしてコンスタンティウスはそこそこ保てる程度の有能さは発揮する。
 そして、コンスタンティウスの身内粛清の嵐で最後に残った背教者ユリアヌスに後半は注目して進むが、彼の学究肌とクソ真面目さは古の4代皇帝クラウディウスを思い出して、少し嬉しくなってしまうのだ。

紹介

 ユリアヌスはあまりにもローマ人だった。
 もし彼が生まれたのがユリウス・クラウディウス朝や五賢帝のときだったなら、アウグストゥストラヤヌスとまではいかないまでも、クラウディウスアントニヌス・ピウス程度にはうまくやれていたのではないかと悲しくなる。
 だが、大帝コンスタンティヌスが作り変えた帝国はすでにローマではなく、ローマ人の皇帝はすでに時代錯誤の理想主義者になってしまっていた。
 戦死とはいえ、せめて彼が哲学の徒として穏やかに死ねたことだけが救いか。全編に塩野氏のユリアヌスに対する深い同情の思いが溢れている。

紹介

 かつて皇帝がキリスト教を弾圧したとき、ローマの宗教は同情心を持ってそれを擁護した。いま、皇帝がローマの宗教を弾圧したとき、キリスト教は尻馬に乗り口を極めてそれを罵り、神殿を打ち壊し、異教の痕跡を完膚なきまでに侮辱し陵辱した。
 もはやこんな国、蛮族に蹂躙されたほうがいい。いままで皇帝の名を章題にもってきていたが、ここに来てついに司教の名がそれに取って代わった。帝国もここまで堕ちたかと思った。
 過激派は過激派故に穏健派を攻撃することが存在意義なので、穏健であることが存在意義である穏健派を駆逐して社会が過激化するのは人間社会のバグですね。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ人の物語 (14) キリストの勝利
出版社:新潮社
出版年:2005.12
備考:初版では第14巻。新潮文庫化時に38,39,40巻に分巻。

ローマ人の物語 (15) ローマ世界の終焉

紹介

 最後のローマ人スティリコと、蛮族の英雄アラリックの人生の対比。
 優れた資質を持ちながらも愚物に身を捧げ、皇帝への身の証を死をもってして選ぶ人間に英傑の資格はない。スティリコは優秀なローマ人だったが、英傑にはなれない軍人に過ぎなかった。カエサルの器ではない。
 その生き方は悲劇だが、彼の選んだ死に様は彼を育んだローマ世界に対する敗北宣言に見える。戦う道もあったはずなのに。
 みずからスティリコを死に追い込んだ永遠の都ローマが蛮族に蹂躙されるシーンは爽快ですらある。

紹介

 西ローマ帝国は蛮族たちの草刈場と成り果て、音もなく滅んだ。
 その最期はかつて小スキピオが思いを馳せたような猛火の中での死ではなく、例えるならアパートの不法入居者のような蛮族たちが、耄碌した老家主を老人ホームに押し込むようなひっそりした最期だった。
 アジア人の希望の星であるフン族とその王アッティラは猛烈な存在感を示すが、予想外にあっさり退場して驚いた。滅亡を前にしてもなお最後の最後までローマ人は内戦を続けてるのも、ここまで来ると好きにやってくれって感じ。

紹介

 大長編ついに読了。西帝国を失ってなおイタリアに残ったローマ人社会は、フランク人やゴート人(もはや蛮族とは呼ばれない)とビザンティン帝国(もはや東ローマ帝国と呼ばれることのほうが少ない)ユスティニアヌス大帝の壮大な意地の張り合いによってズタズタに切り裂かれていった。
 そしてそこに閃光のように現れたイスラムという新興勢の出現によって、地中海ローマ世界自体が永遠に消え去ってしまった。
 虎は死して皮を残すとはなかなかいかないものである。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ人の物語 (15) ローマ世界の終焉
出版社:新潮社
出版年:2006.12
備考:初版では第15巻。新潮文庫化時に41,42,43巻に分巻。

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