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【小説】馳星周「四神の旗」:奈良時代

四神の旗

四神の旗

「どう思われます」
 武智麻呂の邸から帰る道すがら、それまで口を閉じていた麻呂は宇合に言葉をかけた。
「武智麻呂兄上のことか。それとも房前兄上のことか」
「両方です」
「武智麻呂兄上は恐ろしいお方だ。そして、房前兄上は業が深い」
「やはり、宇合兄上もそうお考えですか。武智麻呂兄上に頭を下げられた手前、房前兄上はああおっしゃった。しかし、本心は違う」
 宇合がうなずいた。薄暮の中、宇合の横顔は頼りなげに見える。
「房前兄上は我が強すぎる。父上が武智麻呂兄上より先に房前兄上を参議にさせたのは、早いうちから政の中に置いて、我を通すだけでは物事は進まないということを教えるためだったのではないかと思っている」

データ

主人公:藤原武智麻呂藤原房前藤原宇合藤原麻呂
主な歴史人物:長屋王元明上皇(阿閇皇女)、元正天皇(氷高皇女)、県犬養三千代聖武天皇首皇子)、安宿媛光明皇后)、葛城王橘諸兄
時代背景:奈良時代
 養老4年8月3日(720年9月9日) - 天平9年8月5日(737年9月3日)

紹介

 持統天皇元明天皇元正天皇と女帝の即位が続いた奈良時代、稀代の政治家である藤原不比等は絶大な権力を握り、藤原氏の後の栄華の礎を築いて死んだ。のこされた南家の武智麻呂、北家の房前、式家の宇合、京家の麻呂のいわゆる藤原4兄弟は、それぞれ自分の家を立てて朝廷の中に席を占めた。それは、朝堂に上がるのは一家門につき一人というしきたりに挑戦した、父・不比等が残した最後の策だった。
 藤原4兄弟はそれぞれ、不比等と義母の県犬養三千代の残した娘であり、首皇子の妻である安宿媛の存在を背景に藤原氏の勢力を扶植していく。
 あるとき、房前は死の床にある元明上皇の前に呼び出された。そこには藤原一族の政敵である長屋王もいた。上皇の用向きは、兄弟の長男・武智麻呂を差し置いて次男の房前が内臣(皇太子・首皇子の補佐役)に任じるという話であった。天皇家への厚い忠誠心を持つ房前は上皇の願いを受け入れるが、その任命は藤原4兄弟の仲に楔を打ち込む長屋王県犬養美千代の策だった。
 案の定、藤原氏の勢力拡大をもくろむ武智麻呂と、天皇家の忠実な家臣であろうとする房前との間に隙間風が吹き始め、宇合と麻呂もまた己の野望と不満が顔を出し、藤原4兄弟は分裂を始める。

 藤原4兄弟といえば、歴史の教科書に名前だけずらずらと並べられて、正義の長屋王を讒言で殺した悪の枢軸、そのあとは個性も何もなく4人まとめて天然痘クラスタ感染でバタバタと死んでいくだけのイメージだった。しかし、彼らだって実際に生きた政治家たちであり、藤原氏の男だったのだ。それぞれ個性だってあるし、同じ方向を向いていたとは限らない。
 4兄弟がそれぞれの理想を追求し、時には兄弟として手を取り合い、時には政治家として牽制しあう中で、長屋王県犬養三千代らの対抗勢力も一枚岩ではない。一人一派閥として魑魅魍魎がうごめく宮廷社会の中で、蹴落とし蹴落とされながら時代を紡いでいく。
 本作は長屋王藤原武智麻呂、房前の3者による権力闘争と、その結実としての長屋王の変を主なテーマとしているが、その裏で諸方面に罠を張る県犬養三千代の存在感が大きい。三千代はそもそも藤原不比等の妻で安宿媛の母でありながら、4兄弟とは血が繋がっておらず前夫との間に葛城王橘諸兄)という息子まで儲けている。藤原の一族としての姿と県犬養の一族としての姿の二面性を持つ女性は、藤原不比等亡き後の政界のゴッドマザーともいえる存在だった。
 長屋王の変を経て、藤原4兄弟の栄華は次のステージへと進み、それぞれが自分の天下を求めて謀略を競い合う兆しを見せ始めるが、天然痘クラスタ感染によって全員コロリと死んでしまう。いつの世の中も、どんなに繁栄を極めても、生身の人間である限り死んでしまえばそれまでだった。

時代設定

養老4年8月3日(720年9月9日)に藤原不比等が死去。物語は不比等の誄から始まる。
藤原4兄弟の最後の一人、宇合が死んだのが天平9年8月5日(737年9月3日)。

書誌情報

著者:馳星周
タイトル:四神の旗
出版社:中央公論新社
出版年:2020.4
備考:

関連作品

本作と同作者による4兄弟の父、藤原不比等を主人公とした小説。

比ぶ者なき (中公文庫)

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