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【麒麟がくる人物紹介】三好氏:阿波の豪族。細川氏から下剋上を果たし三好政権を樹立する。

三好氏とは

 現在放送中のNHK大河ドラマ麒麟がくる』。
 主人公の明智光秀(演・長谷川博己)を何かに付けて気にかけ、梟雄の斎藤道三(演・本木雅弘)を熱く信奉する実力者・松永久秀(演・吉田鋼太郎)。その久秀の主君として京都の街を実質的に支配するのが三好長慶(演・山路和弘)です。
 三好氏は阿波国三好郡(現・徳島県西部)に勢力を張った豪族であり、阿波守護だった細川氏の分家・阿波細川氏に仕えて勢力を伸ばしました。
 三好長慶の曽祖父の之長、父の元長のころに、主家の阿波細川氏細川京兆家細川氏の本家)の家督を継いだため、配下の三好氏も畿内に進出しました。その後、主君の細川氏と対立した末にその権力を奪い取って天下一円(当時の天下は畿内地域のことを指した)に覇を唱え、後世に三好政権と呼ばれる政権を樹立しました。
 三好政権は長慶の死と共に崩壊をはじめ、織田信長(演・染谷将太)の上洛によって打ち崩されてしまいますが、現在では織田政権に先立つ近世武家政権のプロトタイプとしてその地位を評価されています。
 今のところ光秀と長慶が直接交流する場面はほとんど描かれてはいませんが、光秀が京都の街に上ると三好軍の旗がひしめいている様子がたびたび描かれており、三淵藤英(演・谷原章介)や細川藤孝(演・眞島秀和)の口からも幕府最大の実力者として名前が挙げられてその存在感を見せています。
 今回は、その三好氏についてご紹介します。

三好氏略系図

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三好氏略系図

三好氏の経歴

 三好氏は信濃国(現・長野県)の名族として知られる小笠原氏の分家・阿波小笠原氏の末裔と考えられています。小笠原氏は承久の乱で功を挙げ、長房(1213 - 1276)が阿波守護に任じられました。
 長房の子孫は代々阿波守護を世襲しましたが、南北朝の動乱の際に南朝に属したためその地位を失い、代わって阿波守護となった阿波細川氏の家臣となりました。
 阿波細川氏出身の澄元が細川京兆家の当主・政元の養子になると、阿波小笠原氏庶流の三好之長(1458 - 1520)がその補佐役として付けられ、中央政治に参画するようになります。永正4年(1507)に政元が養子の細川澄之に暗殺されると、澄之を討って政元の後継者に名乗りを上げた細川高国と、細川澄元の間で争いが起こりました。
 この戦いの中で之長も澄元派として転戦しますが、永正17年(1520)5月に等持院の戦い(現・京都市北区)で敗れ、潜伏していたところを発見されて処刑されました。
 之長は勇猛かつ狡猾な武将として知られ、たびたび主君の阿波細川氏に反抗して一揆を扇動しました。しかしその軍事力を惜しんだ主家によって、毎回不問に処されています。その評判は非常に悪く、之長が処刑されたと聞いた京都の人々は大いに喜んだと言われています。
 之長の嫡男の長秀(1479 - 1509)はすでに細川高国との戦いで戦死していたため、その跡は長秀の子の元長(1501 – 1532)が継ぎました。当時、之長の処刑とその直後の澄元の病死によって澄元派の勢力は弱体化し、細川晴元(澄元の子)と三好元長は本領の阿波に籠るしかありませんでした。
 しかし、細川高国が将軍・足利義稙と対立して新将軍・足利義晴を擁立すると、義稙とその養子の義維は阿波に落ち延び、さらに丹波(現・京都府中部)の波多野氏が高国に対する反乱を起こします。それを好機とみた晴元と元長は波多野氏と連携し、足利義維を擁して畿内に進撃します。
 大永7年(1527年)3月には晴元と元長は義晴と高国を近江(現・滋賀県)に追放しました。義維は堺(現・大阪府堺市)に入って堺公方を名乗り、実質的な将軍となります。
 その後、反撃に出た細川高国を討ち果たして堺公方の地盤は盤石となったかに見えましたが、外敵を失った政権の常として細川晴元三好元長の間に内部対立が起こります。晴元は仇敵だったはずの足利義晴や三好家の分家で元長と対立していた三好政長(1508 - 1549)と結んで元長を追い込んでいきました。
 さらに晴元は山科本願寺(現・京都市山科区)の証如と結んで一向一揆を差し向け、総勢10万の一揆軍に囲まれた元長は自害して果てました。元長の嫡男の三好長慶(1522 – 1564)はまだ幼く、晴元に見捨てられた足利義維は阿波に落ち延びて堺公方は瓦解します。
 はじめのうち、長慶は親の仇であった晴元に家臣として仕え多くの武功を立てましたが、天文18年(1549年)に細川高国の子の氏綱を迎えて反旗を翻します。『麒麟がくる』第6回「三好長慶暗殺計画」はこの叛乱の直前、細川晴元三好長慶の対立が深まっていた時期が舞台となっています。
 この戦いで三好政長は戦死、細川晴元は追放され、勝利した長慶は三好政権を樹立しました。
 三好政権は15年余り継続しましたが、政権の中枢を担った長慶の弟の十河一存(1532 - 1561)、三好実休(義賢の名は誤伝で実名は之虎とされる。実休は法名)(1527 – 1562)、安宅冬康(1528 - 1564)、そして長慶の嫡男の三好義興(1542 – 1563)が相次いで死亡する不幸が続き、長慶自身も失意のままに病死します。
 跡を継いだ三好義継(1549 - 1573)は幼く、後見人となった三好三人衆松永久秀の仲違いによって、三好政権は崩壊に向かいました。

その他の三好氏

 三好三人衆と呼ばれた三好長逸(生没年不詳)、三好宗渭(生没年不詳)、岩成友通の3人は三好長慶重臣です。長逸は古くから長慶に仕えた一門衆、宗渭(政康の名は誤伝で実名は政勝、政生とされる。宗渭は法名)は長慶の宿敵・三好政長の子、岩成友通の出自は不明と統一感のない三人組ですが、長慶亡き後の三好政権の中枢を担いました。
 永禄8年(1565年)5月に将軍・足利義輝を襲撃して殺害する事件を起こし、義輝の弟の義昭を擁した織田信長と激しく争います。
 宗渭は信長との戦いの後も生き残り、大坂夏の陣で豊臣方について戦死したという俗説があり、徳川秀忠に仕えた弟の三好為三(1536 – 1632)(政勝の名は誤伝で実名は不明。為三は法名)とともに真田十勇士三好清海入道三好伊三入道のモデルとなりました。
 長慶の叔父の三好笑岩(生没年不詳)と甥の十河存保(1554 – 1587)は、三好三人衆の没落後に信長、次いで羽柴秀吉に従い、四国統一を目指す長宗我部元親と争いを繰り広げました。その過程で笑岩は秀吉の甥の三好信吉(のちの豊臣秀次)を養子に迎えています。

三好氏の登場する作品

天野純希「覇道の槍」

覇道の槍 (時代小説文庫)

覇道の槍 (時代小説文庫)

ジャンル:歴史小説
主人公:三好元長(1501 - 1532)
時代背景:室町時代(戦国時代)
 三好元長の仕える将軍義稙の子の足利義維と京兆家の細川六郎(晴元)は、ともに高貴の血でありながらも足利義晴細川高国という対立当主が京を抑えていたために不遇の時を送っていた。
 3人は捲土重来を誓って高国と義晴を京から追放することに成功し、堺(現・大阪府堺市)に拠って堺公方と呼ばれる新政権を樹立する。しかしいつしか六郎と元長の間には隙間風が吹き始め、堺公方府も空中分裂するのであった。

NHK大河ドラマ麒麟がくる

ジャンル:歴史ドラマ
主人公:明智光秀
登場人物:三好長慶(1522 - 1564)
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第6回「三好長慶襲撃計画」より(演・山路和弘
時代背景:室町時代 - 安土桃山時代(戦国時代)
 令和2年度(2020年)の大河ドラマ明智光秀の若き日の物語。
 光秀に強く好意を寄せる松永久秀の主君として、第5回「伊平次を探せ」から三好長慶が登場する。長慶は上記の元長の嫡男であり、父から細川晴元との対立関係を受け継いでいる。第6回「三好長慶襲撃計画」では名目上の主君であり管領細川晴元から暗殺者を差し向けられ、その場に居合わせた光秀、三淵藤英、細川藤孝らに命を救われる場面もあった。

コーエー「決戦3」

ジャンル:歴史ゲーム
主人公:織田信長
登場人物:三好長逸(生没年不詳)
三好政康(宗渭)(生没年不詳)

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勝龍寺の合戦より
 中盤の敵として三好三人衆が登場する。左から岩成友通(声・高塚正也)、三好長逸(声・神谷浩史)、三好政康(宗渭)(声・大場真人)。三好長逸がリーダーとされている。
 三馬鹿トリオ然とした風貌と口調だが、長慶亡き後の近畿を支配しただけあって侮れない実力者である。

司馬遼太郎「夏草の賦」

夏草の賦(上) (文春文庫)

夏草の賦(上) (文春文庫)

ジャンル:歴史小説
主人公:長曾我部元親
登場人物:三好笑巌(康長)(生没年不詳)
十河存保(1554 - 1587)
時代背景:室町時代 - 安土桃山時代(戦国時代)
 長曾我部元親の四国制覇に立ちはだかる壁として、三好笑巌と十河存保が登場する。
 三好笑巌は羽柴秀吉を頼って持ち前の外交能力を生かして四国征伐を要請し、その代償として秀吉の甥の三好信吉(後の豊臣秀次)を養子とする。十河存保は鬼十河と呼ばれ阿波に寄って元親と激戦を繰り広げる(実際に鬼十河と呼ばれたのは存保の養父の一存)が、元親が羽柴家に降伏すると九州征伐で同じ軍に配属され、戦略を巡って対立する。

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