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【小説】黒岩重吾「落日の王子 蘇我入鹿 下」:飛鳥時代

 斑鳩宮の滅亡は矢張り飛鳥の群臣に大きな衝撃を与えた。何といっても聖徳太子の一族が斑鳩という地で一人残らず死んだことが、群臣の胸を衝いたのだった。
 実際に攻撃したのは入鹿ではなく、軽王を始め、大伴、巨勢、中臣などの重臣達だが、いざ戦が終ってみると、死んだ諸王に同情が集った。一人残らず殺さなくても良い、という批判者の言葉だった。
 軽王、大伴、巨勢などの王族、重臣達は酒席などで、太子の一族全員を殺す積りはなかった、捕える積りだったが、自決されたのでどうしようもない、と弁解した。はっきり口には出さないが、それとなく大臣入鹿の命令だから仕方がない、と仄めかしたりした。

データ

主人公:蘇我入鹿
主な歴史人物:蘇我蝦夷中臣鎌足蘇我倉山田石川麻呂、山背大兄皇子、皇極天皇(宝皇女)、中大兄皇子天智天皇)、軽王(孝徳天皇
時代背景:飛鳥時代
 皇極天皇2年(643年)4月上旬 - 皇極天皇4年6月12日(645年7月10日)

紹介

 蘇我入鹿はついに皇極女帝の寝所へと入った。入鹿の思いは、半分は女帝を篭絡して意のままに操ろうという下心だったが、もう半分は純粋に女帝の魅力に惹かれてのものであった。いつかは潰さなければならない最高権力に、男として惹かれている事実に入鹿は自嘲する。
 ともかく、女帝という最大の後ろ盾を得た蘇我本宗家は、ついに目の上のたん瘤であった上宮王家、山背大兄皇子の一族を殲滅することに成功する。しかし、聖徳太子の子どもたちである上宮王家の全滅は、彼らを憎んでいたはずの豪族たちでさえも同情を感じてしまうほど陰惨な事件であった。結果として彼らの反発を買った蘇我本宗家は、立場を微妙なものとしてしまう。さらに、皇極女帝が蘇我入鹿の息子を出産することが重なり、その息子による皇位継承の未来が予見されるようになると、いよいよ反蘇我本宗家の豪族と皇族たちの危惧は実態を持ち始めた。長く入鹿と協調姿勢をとっていた軽王もまた、入鹿と距離を取り始める。
 この状況をつぶさに見守っていたのが、常陸国からきた俊才・中臣鎌足。野望のためには無私となり、黒子に徹することが出来る鎌足は、蘇我本宗家に対抗する蘇我支族の雄・蘇我倉山田石川麻呂や、母帝を入鹿に穢されて憎悪に燃える中大兄皇子らを味方に引き入れ、蘇我入鹿打倒の策をめぐらせる。

 朝鮮三国と唐の抗争がますます激しさを増し、百済義慈王高句麗の泉蓋蘇文といった英傑たちがクーデターを起こし、政権を奪取したことが蘇我入鹿を勇気づける。彼らにできて、自分にできないはずはないと思った入鹿は、自分自身も最高司祭者としての大王と、政治の最高決定者である大臣を兼ねる存在である皇帝にならんとひた走る。
 しかし、作中でも繰り返し語られるように、入鹿の拙速な政治手腕は現実味が感じられない。百済高句麗倭国が置かれた状況の違いを、分かっていると言いながらも理解することはできていない。
 大王家を倒すなどと息巻きながらも大王の愛を後ろ盾とし、大豪族をつぶすと言いながらもその力に頼ろうとし、中小官僚を取り上げたいと言いながらも彼らの憎悪を買う態度をとり続ける態度は、作中何度か明晰な頭脳を持っていると描写されてはいるが、勉強はできるが実践に問題があるタイプなのかと疑問を感じてしまう。策を弄するにしても傲慢な自分自身に都合の良い展開を想像し、机上の空論を操っているだけに見える。
 独裁者になりたいという高尚な理念を掲げながらも、実際には女帝との愛欲に溺れ野望を曇らす。子どもが生まれると愛情が褪めて女帝ともども放置し、その怒りを買う。
 やることなすこと、理想よりもその場限りの情欲ばかりが先立ってしまい、結局は何事もなすことが出来ないままに殺されるのも自業自得。
 一方の中臣鎌足は、理想と野望のためならば息子さえも簡単に捨て、完全に無私となれる怪物として描かれており、描写は少ないながらも蘇我入鹿との差を見事に描き出している。
 蘇我入鹿が斃れ、中臣鎌足中大兄皇子が政権を取ったことは我が国にとって幸運なことだったのかもしれない。

時代設定

山背大兄皇子の家族が蘇我蝦夷のもとに抗議に来たのが皇極天皇2年(643年)4月上旬。
乙巳の変皇極天皇4年6月12日(645年7月10日)。

書誌情報

著者:黒岩重吾
タイトル:落日の王子 蘇我入鹿 下
出版社:文藝春秋
出版年:1982.5.30
備考:初版は1巻。文春文庫化時に上下巻に分巻。

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蘇我入鹿の娘を主人公とした小説。皇極天皇と入鹿について本作同様に深い関係があったとしているが、かなり異なる解釈がされているので注意。
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