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【小説】黒岩重吾「落日の王子 蘇我入鹿 上」:飛鳥時代

「僧旻達が撒いてくれた新しい種のおかげで混乱の時代がやって来そうだ、大風が吹けば巨木が倒れても不思議ではない、大雨が降れば山が崩れてもおかしくはない、吾にとっては絶好の機会でもあるのじゃ、川掘、吾がいっている意味が分るか?」
 川掘の掌に汗が滲み、緊張の余り息が苦しくなった。10日に一度だが、川掘は二年近く僧旻の講堂に通っていた。学問が好きなだけに頭は良い。最初川掘は、入鹿が馬子時代の権力を取り戻したがっている、と漠然と考えていた。だが今の入鹿の言葉はそうではない。入鹿は倭国の最高権力者になろうとしているのだ。ひょっとしたら川掘は、そういう入鹿の真意を知るために、僧旻の講堂に行きたくない、といったのかもしれない。

データ

ジャンル:歴史小説
主人公:蘇我入鹿
主な歴史人物: 蘇我蝦夷中臣鎌足、山背大兄皇子、宝皇女(皇極天皇)、軽王(孝徳天皇)、僧旻
時代背景:飛鳥時代
 舒明天皇12年(640年)3月 - 皇極天皇2年(643年)4月上旬

紹介

 蘇我本宗家の嫡男、蘇我大郎入鹿。入唐した留学僧の僧旻の教えを享け、中華帝国の皇帝という存在を知る。優れた体格と明晰な頭脳を持つ彼は、その皇帝に憧れた。偉大な蘇我馬子以来、人臣の最高位である大臣の座を受け継いできた一族の世継ぎである彼にとって、俗世の政治を掌握することは当然のことであり、祭祀を司りその上に立つ大王の座を得ることこそが望みであった。入鹿は夫である舒明天皇を失った美貌の女帝・皇極天皇に言い寄り、籠絡することによって朝政を牛耳らんと企てる。
 大王の一家も癖のある人物ばかりで、天真爛漫に最高権力を振るう皇極女帝、平等思想に染まり豪族たちから危険人物と目され孤立していく山背大兄皇子、入鹿に近づき次の大王の座を得るために利用しようと企てる軽王らが跳梁跋扈し、権力争いを演じる。

 多くの人にとって、日本史で最初に知る悪人である蘇我入鹿が主人公の作品。中学生の頃に資料集に載っていた絵巻の中で、入鹿の首がすっ飛ぶ描写が衝撃的でずっと記憶に残っている。本作の蘇我氏百済系の渡来人という設定で、王族の出身ということになっている。蝦夷と入鹿はその出自に誇りを持ち、百済の権威も利用して蘇我本宗家の勢力拡大を図らんと狙っている。
 入鹿は中国や朝鮮の情勢に強い関心を持ち、中央集権国家に変革し、自分自身がその中心に立つ皇帝になろうという大それた野望をいだいている。そのためには大王を殺すこともいとわないと繰り返し言われているが、その一方で現に実際に大王の座にある皇極天皇とは男女の仲となり、情を通わせてしまうという弱みを持っている。本作の入鹿は女性を舐めてしまったために、中臣鎌足に足をすくわれることになるのかも知れない。

時代設定

舒明天皇が体調を崩して有馬温泉に療養に出たのが舒明天皇12年(640年)3月。
山背大兄皇子の家族が蘇我蝦夷のもとに抗議に来たのが皇極天皇2年(643年)4月上旬。

書誌情報

著者:黒岩重吾
タイトル:落日の王子 蘇我入鹿 上
出版社:文藝春秋
出版年:1982.5.30
備考:初版は1巻。文春文庫化時に上下巻に分巻。

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蘇我入鹿の娘を主人公とした小説。皇極天皇と入鹿について本作同様に深い関係があったとしているが、かなり異なる解釈がされているので注意。
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