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【小説】司馬遼太郎「夏草の賦 下」:戦国時代

夏草の賦(下) (文春文庫)

夏草の賦(下) (文春文庫)

 はじめて阿波、讃岐、伊予といった四国における他郷をみた。それですら唐・天竺のような異境の思いがした。
「わたくしはしませぬ」
「それは、おれが他国へ攻め入ってから物心がついたからだ。それゆえ、そなたのあたまは四国が普通になっている。四国を土台にしてつぎのことを考えることができる。おれはちがう。四国そのものが限度だ」
「父上ほどの偉いなるお人が」
「これだけはどうにもならぬ。おれの家来たちも、上方へ攻め入るときけば、もうそう聞くだけで気が遠くなるだろう」
「そうでございましょうか」
「それが、世代なのだ」
 元親は創業の世代なのである。考え方が、手いっぱいなところ四国全土を出ない。そういうものだ、と元親は思うのである。

データ

ジャンル:歴史小説
主人公:長曾我部元親、斎藤菜々(元親夫人)
主な歴史人物: 長曾我部信親、豊臣秀吉豊臣秀長、三好笑巌、十河存保
時代背景:安土桃山時代(戦国時代)
 天正9年(1581年) - 天正15年(1587年)1月

紹介

 四国を震撼させた織田信長の四国遠征計画は、本能寺の変という天の配剤で水泡に帰し、長曾我部元親は一命を取り留めた。しかし、緊張の糸が途切れた元親はにわかに老け込み、信長亡き後という絶好の機会を棒に振ってしまう。
 元親がぼんやりとしている間に旧織田領を取りまとめ天下の差配者となったのが、かつての木下藤吉郎羽柴秀吉であった。秀吉は阿波(現・徳島県)の食わせ者三好笑巌の要請を受けて8万の軍勢を四国に派遣した。いよいよ進退窮まる長曾我部元親。勝ち目のない戦いの末に降伏し、旧領の土佐(現・高知県)一国を安堵されたが、その心には四国統一の過程で犠牲にしてきた2万人の領民達への申し訳ない思いが一杯だった。一体彼らはなんのために死んだのか。
 鬱々と過ごした元親だが、秀吉に拝謁することによってその心に変化が生まれる。関白の度量の大きさ、初めて見る京大坂といった都会と土佐の田舎の圧倒的な格差。そもそも戦える相手ではなかった。圧倒的に打ちのめされた元親は、新しい時代に生きるために、豊臣家の一大名として生き方を変える。
 その格差を無邪気に受け入れ、新しい時代でも尽くしてくれる家臣たちや、変わらず明るい妻の菜々、純粋で草食系男子なのが玉に瑕ながらも、文武両道で頼もしい息子の信親に囲まれた生活も悪くないと思い始めた元親のもとに、関白秀吉からの呼び出しがかかる。
 取り次いだ大和大納言豊臣秀長が紹介した大男は、かつて四国で覇を競った仇敵三好一門の十河存保であった。秀吉がいうには、存保と元親、二人でかつて四国討伐の援軍の対象を務めた仙石権兵衛秀久に付き、九州の島津を討てとの命令であった。
 長曾我部の家の行く末に暗雲が立ち込めていた。

 司馬遼太郎の結論は、長曾我部元親は無鳥島の蝙蝠だったということになる。しかし、彼が蝙蝠で終わったのは、鳥が住み着かない辺境に育ち、生涯のほとんどをその無鳥島での国盗りに費やしたからだろう。人は自分が生まれた土地で育つしかなく、生まれ育ったその土地から見える景色が彼の原風景となる。土佐の山奥から出てきた長曾我部元親は、その生まれ持った器量の大小に拘わらず土佐の山奥の知見しか持つことはできない。
 悲しいことに、元親の生きた時代は日本の地方が、京大坂という日本の中央に蹂躙される時代だった。日本史上かつてない強力な集権体制は、土着の豪族たちの価値観を容赦なく踏み潰していってしまった。長曾我部元親は生まれてくるのが遅すぎたのかもしれない。
 そんな中でも懸命に足掻き、誇りを捨てて、新しい時代に適応していこうとしていた長曾我部元親に、運命は過酷な試練を与える。国を奪われ、誇りを失っても生きてはいけたが、バカな大将に付き合わされて最愛の嫡男さえも奪われてしまった元親は、ついに壊れてしまった。
 上巻ののんきな明るさからは打って変わった沈鬱な風景を残し、長曾我部元親の人生はプッツリと終わりを迎える。

時代設定

織田家と長曾我部家の関係が決裂したのは天正9年(1581年)後半。
元親夫人が死去したのが天正15年(1587年)1月。

書誌情報

著者:司馬遼太郎
タイトル:夏草の賦 下
出版社:文藝春秋
出版年:1968.1
備考:初版は1巻。文春文庫化時に上下巻に分巻。

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