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【小説】高橋直樹「中世を創った男 悪党重源」:平安時代

中世を創った男 悪党重源

中世を創った男 悪党重源

 三郎ノ君はあやまって季良の岳父を斬った。だが場数を踏んだ大覚坊が、ただそれだけのことでうろたえようか。彼が蒼白になったのは、首藤某の死が、誰を敵とする結果を招くか知ったからだ。
 首藤一族は源氏譜代の郎等、身内の中の身内だ。身内を斬られて、棟梁の六条判官為義が黙っているはずがない。
 母の仇である季良とまちがえて斬った、などという言い訳が、どうしてあの六条判官に通用しようか。かならず為義は報復にやって来る。誰にも源氏の棟梁は止めることはできないのだ。

データ

ジャンル:歴史小説
主人公:俊乗坊重源
主な歴史人物:鑁阿、源師行覚鑁源為義、明雲、西光(藤原師光
時代背景:平安時代 - 鎌倉時代
 保延2年(1136年) - 建仁3年11月30日(1204年1月3日)

紹介

 かつて、聖武天皇の発願のもとに大国家事業として建立された東大寺大仏殿は、源平合戦の猛火の中で焼け落ち、無残な姿をさらしていた。400年もの時を経て創建当時の技術は失われ、復興は絶望的かとも思われた。
 灰燼と化した伽藍の中に、2人の僧が招かれた。一人は俊乗坊重源。61歳の老境にありながら後白河法皇院宣によって東大寺の再興を一手に担った僧である。もう一人は鑁阿。刀傷で両眼を失いながらも、杖もつかずに頑強な姿を見せる異形の僧であった。
 重源は朝廷の役人が呆然とする中、てきぱきと手順を取り決め、己の組織した弟子衆を駆使し、宋朝から呼び寄せた職人とともに見事に東大寺再興を成し遂げてしまった。
 はたして重源はどのようにして、これほどの実力を備えるに至ったのか。そこで話は過去へとさかのぼる。
 重源は武士の子として生まれるが、三郎ノ君と呼ばれた若いころ、生家の跡目争いをめぐる数奇な運命から武家の棟梁の源為義に命を狙われ、姿を隠すために出家の身となった。
 しかしあるとき、身を寄せていた高野山の前座主・覚鑁から召喚される。その場には源為義も居合わせており、源氏の情報網からは逃れることは出来ないと重源は悟る。覚鑁と為義が言うには、宋(中国)で印刷された一切経を手に入れればすべては水に流すということであった。
 かくして重源と、覚鑁から従者としてつけられた鑁阿は博多、次いで宋へと渡り、一切経を手に入れるが、日本に持ち込めば莫大な値が付く一切経は持ち運ぶだけで命の危険が及ぶ代物であった。

 本作の重源は僧職にありながらも、荒々しい躍動感と清濁併せ呑む器量を持った人物で、これから訪れる中世という時代の申し子として描かれている。
 重源はかつて大仏が造立された奈良時代聖武天皇による国家事業としての性格や、のちに再建された江戸時代の公慶による慈善事業ではなく、商工業の繁栄をもたらす営利事業として、自力救済の時代にふさわしいやり方で東大寺を復興させた。
 決して清廉潔白ではないが、確かな信念に裏打ちされたそれは、新しい時代の象徴ともいえる事業だった。
 序盤に登場した兄弟弟子の「阿波ノ君」が後半で意外な人物として登場し、それまで宗教と商売の世界で生きてきた重源がいきなり政治の舞台に引きずり出される展開が痛快で、非常に意表を突かれた。しかし寺社が大きな金と人を動かし、人の社会に深く根を下ろして世俗社会の大きな一角を占めるようになったということは、宗教が世俗の権力となるということを意味する。
 かくしてこれ以後、信長、秀吉、家康の天下人たちによる政教分離が果たされるまで、大寺院が領主のようにふるまい武家政権と争い続ける時代が400年続くことになるのであった。

時代設定

養和元年(1181年)8月、重源が東大寺大勧進職に任じられ、大仏殿の復興に着手する。
途中で挿入される重源と鑁阿の出会いは保延3年(1137年)。
家督抗争に敗れ稚児となったのが重源17歳の保延2年(1136年)。
重源二度目の渡宋が仁安2年(1167年)春。
東大寺再建の総供養は建仁3年11月30日(1204年1月3日)。

書誌情報

著者:高橋直樹
タイトル:中世を創った男 悪党重源
出版社:文藝春秋
出版年:2010.10
備考:

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