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【小説】永井路子「炎環」:鎌倉時代

炎環

炎環

 狂気の笑いが消え。その白い顔が仮面のようになった。
「姉上……」
 立って政子を見下したまま、保子は乾いた声でそう言った。
 政子は保子を見上げはしなかった。が保子も政子から目を離そうとはしない。恐らく彼女は姉が見上げるまでは、塑像のようにその場に立ちつくしているに違いない。十数年前、「善哉に姉上のお気持が解るでしょうか?」と聞いたその答を保子はいま、無残にうちひしがれている政子からむしりとろうとしているのだった。

データ

ジャンル:歴史小説
主人公:阿野全成梶原景時、北条保子(阿波局)、北条義時
主な歴史人物:源頼朝北条政子源頼家三浦義村
時代背景:平安時代 - 鎌倉時代
 治承4年8月17日(1180年9月8日)- 貞応3年6月13日(1224年7月1日)

紹介

 第52回直木賞受賞作品。NHK大河ドラマ・『草燃える』の原作。
 「悪禅師」、「黒雪賦」、「いもうと」、「覇樹」の4つの短編からなる連作作品。
 「悪禅師」の主役は源頼朝の異母弟にして、源義経の同母兄・阿野全成。将来の禍根となる兄弟たちを削ぎ捨て、支配者としての風格を身に着けていく兄・頼朝の姿を近くで見てきた阿野全成。鎌倉殿の孤独を知り、兄弟たちの破滅をその目で見て、身の程を知ることを覚えたかに見えた全成だったが、頼朝の死によりその未来に暗雲が漂いはじめる。
 「黒雪賦」の主役は平家から鞍替えした頼朝の郎党・梶原景時。現代では源義経をはじめとした多くの御家人たちを、讒言によって陥れた佞臣として知られる景時だが、それは誰よりも主君・頼朝の意向を忖度し、主君の気に入らない邪魔者を排除し続ける彼なりの忠義であった。
 「いもうと」の主役は北条政子の妹であり、阿野全成の妻である北条保子(阿波局)。ともに源氏の兄弟に嫁ぎ、近くで源氏同士の殺し合いを見てきた姉妹が傷つき、壊れていくさまを描く。
 「覇樹」の主役は北条政子と保子の弟である、鎌倉幕府2代執権・北条義時。なんとなく頼りない、無口で地味な四郎義時。そんな彼が謀略の限りを尽くし、血で血を洗う権力争いの末にただ一人の勝者として立ちつくすまでの物語。

 歴史書に記述してしまえば1つの事件であっても、それぞれの当事者にとっては違う見え方がする。4人のエピソードが同じ時系列で重なり合いながら、感情と計算の入り組んだ謀略と潰しあいの世界を立体的に映し出す演出が上手い。阿野全成梶原景時という、鎌倉幕府の草創期を支えた源頼朝の郎党たちが、新しい時代を迎えるにつれて時代遅れの存在となり、権力闘争の中で排除されていく様子と、その裏側で北条義時三浦義村といった新しい時代の担い手たちが権謀術数を駆使して、天下をその手元に手繰り寄せる様子が対比して描かれる。
 全体を通してみることによって、4人の主人公のみならず、周囲を彩る男女たちもまたそれぞれの思惑で謀略を弄して、陰湿な殺し合いを演じていくさまが大きな流れとして見えてくる。

時代設定

「悪禅師」は治承4年11月1日(1180年11月19日)の阿野全成の参陣から建仁3年6月23日(1203年8月1日)の全成の処刑まで。
「黒雪賦」は治承4年8月23日(1180年9月14日)の石橋山の合戦(現・神奈川県小田原市)から正治2年1月20日(1200年2月6日)の梶原景時の変まで。
「いもうと」の冒頭の北条邸での酒宴は治承5年正月。承久3年5月19日の承久の乱の際の北条政子の演説まで。
「覇樹」は治承4年8月17日(1180年9月8日)の山木兼隆邸襲撃から貞応3年6月13日(1224年7月1日)の義時の死まで。

書誌情報

著者:永井路子
タイトル:炎環
出版社:光風社書店
出版年:1964
備考:

関連作品

本作品が原作の一つとなっている、石坂浩二源頼朝)、岩下志麻北条政子)主演のNHK大河ドラマ阿野全成役は伊藤孝雄、梶原景時役は江原真二郎、北条保子役は真野響子北条義時役は松平健。(1979年)

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本作にも登場した北条政子が主人公。
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