直家の口端に笑みが浮かぶ。それが嘲笑なのか微笑なのかを判じようと宗景が上体を乗り出した時には、普段の鉄面皮に戻っていた。
「拙者は幼き頃から小姓として侍る身。殿のことを信じておりました」
思わず視界の縁が歪んだ。
「つまり、怖くはなかったということか」
「はい、殿は情に厚いお方でございます。再び帰参することに、何の恐怖を感じましょうや」
データ
ジャンル:歴史小説
主人公:宇喜多直家
主な歴史人物:浦上宗景、島村盛実、中山信正
時代背景:室町時代 - 安土桃山時代(戦国時代)
天文3年6月30日(1534年8月9日) - 天正10年1月9日(1582年2月1日)
紹介
第152回直木賞候補作、第2回高校生直木賞受賞作品。
将軍・足利義教は家臣の赤松満祐に討たれた。子孫の赤松義村はその家臣の浦上村宗に討たれた。舞台となる戦国中国は、まさに下剋上の最前線。そんななかで、主君である浦上氏を討って大名の座を奪った備前国(現・岡山県)の梟雄・宇喜多直家を、彼に翻弄された人々を主人公とした短編集という形で描き出す作品。
はじめは彼の娘の視点から、娘の嫁ぎ先さえ騙し討ちして攻め滅ぼす父・宇喜多直家がどれほどの外道なのかを描写し、続く短編でその外道がなぜ畜生に堕ちたのかを語っていくというミステリ仕立ての構成。それが功を奏し、正気のままでは生きてはいけない戦国時代の無常さを引き立てている。一度最後まで読み終えてからまた冒頭の短編を見直すと、外道にしか見えなかった宇喜多直家に対するイメージが大きく変わっていることに気づくだろう。
また、非凡な才を持ち、支配者として家臣たちを翻弄しながらも、自分を上回る大器である宇喜多能家、そして孫の直家の才覚に恐怖を抱き、狂気に走っていく主君・浦上宗景の描写が良い。
書誌情報
著者:木下昌輝
タイトル:宇喜多の捨て嫁
出版社:文藝春秋
出版年:2014.10
備考: