あの作品が何時代の話かわかるブログ

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【小説】塩野七生「ローマ亡き後の地中海世界(下)」:中世

ローマ亡き後の地中海世界(下)

紹介

 オスマンのスレイマン大帝、神聖ローマのカール5世、フランスのフランソワ1世が覇を競う英雄の時代が訪れる中、地中海世界も大きな変化が訪れる。
 なんとイスラム海賊がオスマン海賊にクラスチェンジしたのだ!
 なお主な事業内容は変わらない模様。
 あいも変わらずキリスト教徒たちは攫われ、奴隷としてこき使われるが、キリスト世界はキリスト世界で忙しいので領主たちは蛙の面に小便。
 実に世知辛いものである。
  一方の海の主役であるジェノバアンドレア・ドーリアと海賊赤ひげの攻防が本巻は熱い。

紹介

 ローマ人の物語から読み続けてきた大長編の終わり。
 最後はトルコが海賊を捨て、あっさりと終わるけれども地中海の歴史は今に続いている。
 コルサロはカリブに雄飛して、ピラータは今でもソマリアで大活躍中だ。


書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ亡き後の地中海世界(下)
出版社:新潮社
出版年:2009.1
備考:新潮文庫化時に3,4巻に分巻。

関連作品

ヴェネツィア共和国の立場から同時代の地中海を描いた作品。

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【小説】塩野七生「ローマ亡き後の地中海世界(上)」:中世

ローマ亡き後の地中海世界(上)

紹介

 愛しのローマ亡き後の世界を描く。
 前巻まででキリスト教ビザンチンへのヘイトが溜まっているので、イスラム勢力に蹂躙される様子もどこか他人事で、フラットに見られるのは良い。
 中世ヨーロッパはまさにイスラムの時代なのだということがわかる。
 大部分がイスラムによるシチリアの侵略と支配に費やされるが、ポエニ戦争の頃に比べてシチリアの重要度が上がっており、この島がまさに地中海の中心だというのが実感を持って理解できた。

紹介

 本巻はなんと言っても、海賊にさらわれた同胞たちを救いたいという使命に萌えた救出修道会と救出騎士団の活躍が見どころ。
 熱い魂に燃え、イスラムに乗り込んで金だけを武器に奴隷を買い戻す彼らの熱意には心動かされるものがある。
 理不尽な暴力に対し、あくまで理性で立ち向かうためには宗教も大事な意義があるのだろうか。
 一方で彼らの活躍と、それに便乗して猛威を増した海賊の人さらい事業の関係性を読むと、現代社会がテロリストとは交渉しない理由も実体を持って理解できる。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ亡き後の地中海世界(上)
出版社:新潮社
出版年:2008.12
備考:新潮文庫化時に1,2巻に分巻。

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【小説】塩野七生「ローマ人の物語」キリストの勝利,ローマ世界の終焉:古代

ローマ人の物語 (14) キリストの勝利

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 大帝が死に、時代はコンスタンティヌスとコンスタンティウスとコンスタンスのややこし三兄弟の時代に。
 宦官が現れ、身内で足を引っ張り合うよく見る駄帝国に転落するローマだが、なかなかどうしてコンスタンティウスはそこそこ保てる程度の有能さは発揮する。
 そして、コンスタンティウスの身内粛清の嵐で最後に残った背教者ユリアヌスに後半は注目して進むが、彼の学究肌とクソ真面目さは古の4代皇帝クラウディウスを思い出して、少し嬉しくなってしまうのだ。

紹介

 ユリアヌスはあまりにもローマ人だった。
 もし彼が生まれたのがユリウス・クラウディウス朝や五賢帝のときだったなら、アウグストゥストラヤヌスとまではいかないまでも、クラウディウスアントニヌス・ピウス程度にはうまくやれていたのではないかと悲しくなる。
 だが、大帝コンスタンティヌスが作り変えた帝国はすでにローマではなく、ローマ人の皇帝はすでに時代錯誤の理想主義者になってしまっていた。
 戦死とはいえ、せめて彼が哲学の徒として穏やかに死ねたことだけが救いか。全編に塩野氏のユリアヌスに対する深い同情の思いが溢れている。

紹介

 かつて皇帝がキリスト教を弾圧したとき、ローマの宗教は同情心を持ってそれを擁護した。いま、皇帝がローマの宗教を弾圧したとき、キリスト教は尻馬に乗り口を極めてそれを罵り、神殿を打ち壊し、異教の痕跡を完膚なきまでに侮辱し陵辱した。
 もはやこんな国、蛮族に蹂躙されたほうがいい。いままで皇帝の名を章題にもってきていたが、ここに来てついに司教の名がそれに取って代わった。帝国もここまで堕ちたかと思った。
 過激派は過激派故に穏健派を攻撃することが存在意義なので、穏健であることが存在意義である穏健派を駆逐して社会が過激化するのは人間社会のバグですね。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ人の物語 (14) キリストの勝利
出版社:新潮社
出版年:2005.12
備考:初版では第14巻。新潮文庫化時に38,39,40巻に分巻。

ローマ人の物語 (15) ローマ世界の終焉

紹介

 最後のローマ人スティリコと、蛮族の英雄アラリックの人生の対比。
 優れた資質を持ちながらも愚物に身を捧げ、皇帝への身の証を死をもってして選ぶ人間に英傑の資格はない。スティリコは優秀なローマ人だったが、英傑にはなれない軍人に過ぎなかった。カエサルの器ではない。
 その生き方は悲劇だが、彼の選んだ死に様は彼を育んだローマ世界に対する敗北宣言に見える。戦う道もあったはずなのに。
 みずからスティリコを死に追い込んだ永遠の都ローマが蛮族に蹂躙されるシーンは爽快ですらある。

紹介

 西ローマ帝国は蛮族たちの草刈場と成り果て、音もなく滅んだ。
 その最期はかつて小スキピオが思いを馳せたような猛火の中での死ではなく、例えるならアパートの不法入居者のような蛮族たちが、耄碌した老家主を老人ホームに押し込むようなひっそりした最期だった。
 アジア人の希望の星であるフン族とその王アッティラは猛烈な存在感を示すが、予想外にあっさり退場して驚いた。滅亡を前にしてもなお最後の最後までローマ人は内戦を続けてるのも、ここまで来ると好きにやってくれって感じ。

紹介

 大長編ついに読了。西帝国を失ってなおイタリアに残ったローマ人社会は、フランク人やゴート人(もはや蛮族とは呼ばれない)とビザンティン帝国(もはや東ローマ帝国と呼ばれることのほうが少ない)ユスティニアヌス大帝の壮大な意地の張り合いによってズタズタに切り裂かれていった。
 そしてそこに閃光のように現れたイスラムという新興勢の出現によって、地中海ローマ世界自体が永遠に消え去ってしまった。
 虎は死して皮を残すとはなかなかいかないものである。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ人の物語 (15) ローマ世界の終焉
出版社:新潮社
出版年:2006.12
備考:初版では第15巻。新潮文庫化時に41,42,43巻に分巻。

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【小説】塩野七生「ローマ人の物語」迷走する帝国,最後の努力:古代

ローマ人の物語 (12) 迷走する帝国

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 最悪ではないにしても、なんとか頑張ってたのにいまいちうまく行かないカラカラ。無責任な兵士どもの生け贄に選ばれたマクリヌス。語るべきことなど何もない無能のヘラガバルスを経由してアレクサンデル・セウェルス。
 なんとか重圧に耐えながらもイマイチうまく行かないアレクサンデル・セウェルスがとにかく気の毒。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶといいますが、動乱のときにはそれだけでは足りずに、殺されてしまう。
 ちょっと気に入らないからってすぐに皇帝を殺すローマ軍団のバカさ加減にそろそろ嫌気が差してきた。

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 帝政ローマという国体の消費期限が切れてしまったのではないかと思う劇的な衰退ぶり。ゲルマンとペルシャという雄国の勃興は、これまでのローマのやり方をあざ笑うようにずたずたに切り裂いていく。
 軍人皇帝たちはそれなりに立て直そうと頑張っているだけに、薬石効を成さないのがもどかしい。
 そして大工の新興宗教が大嫌いになる。

紹介

 3世紀の危機はローマの政体をグズグズに破壊していく。次々現れる軍人皇帝たちが、自分のできることを必死にやることで崩壊を食い止めようとするする姿が悲壮である。
 アウレリアヌスの悲劇といったら、このままこの国は滅んでしまったほうが良いのかもしれないと思わせるに十分である。
 それでもローマ人は諦めることなく、なおも帝国は続いていくことになるのだが。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ人の物語 (12) 迷走する帝国
出版社:新潮社
出版年:2003.12
備考:初版では第12巻。新潮文庫化時に32,33,34巻に分巻。

ローマ人の物語 (13) 最後の努力

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 ディオクレティアヌスという偉大な正帝が現れて、青息吐息のローマ帝国もなんとかかんとか息を吹き返す。殺されないように皇帝権威を天上にまで高め、皇帝を東西に二人、ついで四人に増やし、中央集権の絶対帝政に改めていった結果、ローマは帝国の首都ですらなくなった。
 換骨奪胎の末に残った帝国は、それでもローマと呼べるのだろうか。
 なにはともあれ帝国は持ち直した

紹介

 元々がディオクレティアヌスの管理能力に頼り切っていた四頭政治は、やはりというか残念というか、彼の引退とともに崩壊し、四人の皇帝の争いはグズグズを極める。
 そのなかから勝ち上がったのが、キリスト教の英雄・亜使徒聖大帝コンスタンティンローマ皇帝でありながら、限りなくオリエンタルな権力構築を目指す彼の手によって、ローマ的なものはいよいよすべてぶっ壊されることとなる。
 帝国の寿命もあと少し。
 民衆と一線を画する姿勢、戦争のための重税、権力争いによる内戦と粛清、その場しのぎの縁戚関係、ローマにも今までなかったとは言わないが、ディオクレティアヌスコンスタンティヌスのやり方はなんとなくそれまでとは違う、極めてオリエンタルな空気を感じるのはなぜだろうか。

紹介

 塩野氏自身がコンスタンティヌス大帝に含むところがあるので、彼の政治手腕を褒めながらも筆致はどこか元気がない。
 彼女の愛したローマを粉々に打ち砕き、凡百のオリエンタルな帝国に作り変えた張本人なのだから無理もないが、なぜローマンスピリッツはここまで落ちぶれてしまったのだろう。
 キリスト教の台頭は結果であって、大工の息子の宗教が根本的な原因ではないはずだ。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ人の物語 (13) 最後の努力
出版社:新潮社
出版年:2004.12
備考:初版では第12巻。新潮文庫化時に35,36,37巻に分巻。

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【小説】塩野七生「ローマ人の物語」終わりの始まり:古代

ローマ人の物語 (11) 終わりの始まり

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 ローマ人の物語、ここからが後半戦。
 マルクス・アウレリウスの話かと思いきや、賢帝アントニヌス・ピウスの弱点から始める構成がにくい。帝国のシステムは真面目に現状を維持するだけでは少しずつ綻び始め、マルクスの時代になってついに決壊した。
 最後の賢帝は苦悩しつつ懸命に傷口を抑えようとしているが、覆水は盆に帰らない、時代は回り続け、終わりが始まる。

紹介

 不慣れな戦争に命を燃やし尽くして死んだ最後の賢帝マルクス・アウレリウス。いよいよ蛮族の侵攻がはじまるのか?と思わせておいて、本当の崩壊はコンモドゥスがバカだったから始まるという意外性。
 ただし、今までにも愚帝はいたけど不死鳥のように蘇ってきたローマだから、諦めるにはまだ早い。

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 バカ息子が死に内乱の時代へ。状況は似ていたのに、ペルティナクスはネルウァにはなれず、セヴェルスはヴェスパシアヌスにはなれなかった。彼らの資質が劣っていたというよりは、いまま溜め込んできたツケを支払わされてる感がありながら帝国は衰えていく。
 元老院を骨抜きにしたアウグストゥスティベリウス、パルティアをいじめ抜いたトライアヌスマルクス・アウレリウス、近臣の跋扈を産んだクラウディウスハドリアヌス、時代が望んだ変化とはいえ賢帝達にも責任の一端はある。
 臆病さを律儀者の仮面で隠したヴェスパシアヌスと強権政治で隠したセヴェルスの比較も感じた。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ人の物語 (11) 終わりの始まり
出版社:新潮社
出版年:2002.12
備考:初版では第11巻。新潮文庫化時に29,30,31巻に分巻。

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【小説】塩野七生「ローマ人の物語」すべての道はローマに通ず:古代

ローマ人の物語 (10) すべての道はローマに通ず

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 閑話休題上巻、ローマ街道の巻。
 前巻でトラヤヌスハドリアヌスアントニヌス・ピウスの三賢帝を取り上げ、絶頂を迎えたローマ帝国の土台であるところのインフラ整備を贅沢にも取り上げた本巻。
 彼らの築き上げた安定と平和は二千年後のヨーロッパでさえまだたどり着くことはできていない。

紹介

 閑話休題下巻。ローマ水道と医療、教育。偉大なるアッピウス・クラウディウスや愛しのユリウス・カエサルたちは800年の帝国を築き上げた。
 ここにローマ帝国はひとつの頂点を迎えたわけだが、頂点とは軍事的に最大領域を誇ることでもなければ帝国がすべての臣民を直接支配することでもなく、帝国に安心をもたらすことであるというおはなし。
 いよいよ次巻から帝国は綻び、失われた中世へと向かう。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ人の物語 (10) すべての道はローマに通ず
出版社:新潮社
出版年:2001.12
備考:初版では第10巻。新潮文庫化時に27,28巻に分巻。

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【小説】塩野七生「ローマ人の物語」危機と克服,賢帝の世紀:古代

ローマ人の物語 (8) 危機と克服

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 ローマ開闢以来のここ数百年と同じく、いつものようにローマに危機が訪れる。
 だが今回の危機がいつもと違ったのは、スキピオもスッラもカエサルアウグストゥスもそこにはいなかったこと。
 カリグラやネロの治世がかわいらしく思えるほどに無能な皇帝たちによって、ローマの秩序は崩壊した。
 ところで、ヴィテリウスとヴェスパシアヌスは前線に出なかったことでは同じなのに、なんだか解釈が妙に後者に都合が良くないですか?

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 やはり馬鹿どもの内乱より賢帝の治世を読むほうが面白い。
 雨後の筍のごとく現れた皇帝たちの中で、生き残ったのは、健全な常識人たるヴェスパシアヌスだった。
 事あるごとに常識人であったことが強調される彼だが、皇帝法やその健全な統治、増税に依らない財政再建をみてみると、きっとすごく臆病な人だったんじゃないかと思う。長所とされる愛嬌あふれる言動もその現れっぽい。
 だが政治家は臆病なくらいのほうがいいのだ。そしていよいよローマを蝕み始めたユダヤとキリストの影も本巻の見どころ

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 災害復興に追われてすぐに死んだ、父親そっくりの善人ティトゥス帝。
 ティベリウスに憧れて強権的な政治を執ったが、身内に足元を掬われて所詮はティベリウスのパチモンにしかなれなかったドミティアヌス帝。
 そして不動の中継ぎリリーフ、ネルウァ帝。
 「治世が2年なら誰でも賢帝でいられる」とか、ガルバ・オトー・ヴィテリウスを見たあとに言えるんだから喉元過ぎれば熱さを忘れるとはまさにこのこと。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ人の物語 (8) 危機と克服
出版社:新潮社
出版年:1999.9
備考:初版では第8巻。新潮文庫化時に21,22,23巻に分巻。

ローマ人の物語 (9) 賢帝の世紀

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 至高の皇帝こと、トライアヌスの時代。
 あまりにも優等生すぎてちょっと中だるみ。精力的な建築、人間の育成による国家運営への情熱、貴族的な立ち居ふるまいに、百年ぶりの領土拡大遠征は、なんとなく神君アウグストゥスの政治を彷彿とさせる。最後の遠征でケチがついたところまでアウグストゥスを踏襲。
 資料の不足のせいなのか、本巻はモヤかかったような記述が多くてやや筆致が鈍ったような気がするのが残念。パルティア遠征のイマイチぶりと、ユダヤの反旗を許した部分は、至高の呼び声にちょっと疑問を感じなくもない。

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 豪腕のトライアヌスに比べ、堅実で誠実な組織運営の市村・ハドリアヌス・正親。
 すべての属州を自分で回ろうとしたその熱意は、他人にモノを任せられないワンマンの裏返しのような気もする。そのワンマン性の果実としてのパンテオンでもあるわけだが。
 そしてうっかりの粛清もあったりしたが、まだ元老院との確執もあまり見られない。次巻でその辺は描かれるのかな。
 まあこのワンマン皇帝なら元老院と喧嘩するのもうなずける話ではある。

紹介

 承前ハドリアヌス
 前にクラウディウスは13年の激務に疲れ果て死んだと評されたが、彼に与えられたのはその倍近い治世だった。最期まで偉大で在り続けた皇帝は心も身体もボロボロになって死ぬ。
 次代のアントニヌス・ピウスは23年も地位にあったにも関わらず記述はあっさり。誰からも慕われ、落ち度のない慈悲深き皇帝。
 トラヤヌスといい彼といい、本当に偉大な人は逆に歴史家を困らせる。

書誌情報

著者:塩野七生
タイトル:ローマ人の物語 (9) 賢帝の世紀
出版社:新潮社
出版年:2000.9
備考:初版では第9巻。新潮文庫化時に24,25,26巻に分巻。

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